昼寝好男のブログ

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『マーガレット・サーッチャー 鉄の女の涙』 〜映画レビュー〜

映画

マーガレット・サッチャー、イギリス第71代首相である。この映画が公開されたとき、サッチャーは存命していた。認知症を患い、幻覚や幻聴があり、首相時代の記憶も薄れてきていたという。

この映画は、年老いて記憶も覚束なくなったサッチャーの回想という形で、彼女の半生を描いている。現代から見てその政策については賛否が分かれるものの、彼女は間違いなく激動の1980年代をリードした世界的政治家の一人である。これについて異を唱える者はいないだろう。だが、この映画はけっして彼女を英雄一辺倒には描いてはいない。この映画を観て、存命中の元首相を貶めるような行為と評した元側近さえいると聞く。『どうして存命中にこの映画を作ったのだろう?』と自問自答しながら映画を観た。
この映画の全編を包み込んでいるのはヒューマニズムだ。鉄の女とまで評された強いリーダーシップを発揮しながらも、一人の人間であるという事実は変わりない。安易な英雄視をせず、彼女が何を犠牲にし、何を思いながら、鉄の女に徹したのか、どのくらい悩み、どれほどの逡巡があったのか。100分ちょっとの短めの映画だが、この映画は政治家としての彼女を等身大の生身の人間に戻す作業をしている、家族のような温かい愛情を伴って・・・そんな感想を持った。

主演のメリル・ストリープの演技は圧巻だ。認知症を患った老女、首相時代の意気溢れる女性首相を見事に演じきっている。言葉もイギリス英語にしか聞こえない。演説はサッチャー自身の発言テープを使ったのかと思えるほどだった。

映画というのは報道メディアではない。ひとつの文化であり芸術だ。だから安易に民衆の世論をリードしかねない作品にはどこか胡散臭さを感じる。そういう意味でも、安直なヒロイズムに走らず、等身大のサッチャーを描き切ったこの映画に拍手を送りたい。